執筆:国際教育評論家 村田 学
制作:東洋経済education × ICT編集チーム
「上に立つべき人間」が身に付けるべき学問とは?
前回の記事エリザベス女王学んだ「世界最強の帝王学」とは?では、エリザベス女王が、市井の人の立場を経験することによって、帝王学を身に付けていった話を書いたが、同時に家庭教師であるクローフォードは、エリザベス女王に国王になるための専門知識や、振る舞い方も学ばせていった。今回も、クローフォードが宮廷家庭教師として過ごした日々を回顧し、つづった『王女物語 エリザベスとマーガレット』(著者マリオン・クローフォード 訳者中村妙子 みすず書房)という本を参考にしたい。
・クローフォードはリリベットが英国女王になる可能性が増すにつれ、今後の教育はより広い範囲にわたるべきだと考えるようになった。国王は、リリベットに対し次代の王位継承者ということを念頭に置いて高い水準を設けていた。
・リリベット12歳になり舞踏会、園遊会へ出席するようになり、人々へのあいさつの仕方、見ず知らずの人間と初めて接する方法など、見よう見まねで学習していく。社交界のデビューだけでなく、「未来の女王」として心得ておかなければならない知識を身に付けた。
・リリベット13歳になり、高級私立学校の代表格のイートン校の副校長サー・ヘンリー・マートンから憲政史を学んだ。週2回『イギリス憲政論』をテキストに「立憲君主とはどうあるべきか」をみっちり学んだ。
・19歳になり、音楽以外の勉強は一応終えた形になった。音楽のレッスンはずっと続けていた。
『王女物語 エリザベスとマーガレット』より、筆者要約。(※リリベットはエリザベス女王の幼少時の愛称)
それではエリザベスが学んだ時間割を見てみよう。この時間割は10歳にもならない子どもの頃のものであるが、想像以上にぎっしりと詰め込まれた時間割には、未来の国王として身に付けるべき帝王学が集約されている。
『王女物語 エリザベスとマーガレット』より、筆者作成
具体的にどのような内容を学んでいたのだろうか、まとめてみたい。
1. 聖書
英国君主は、英国国教会の最高権威者を兼ねる。最高権威者になるべく、英国国教を学ぶ時間は、必須科目として設定されていた。
2.文法、詩、文学
国王として、必須なのが言語力である。言語力は、法体系を理解するためにも欠かせないが、同時に教養としての詩や文学も身に付ける必要がある。
3.算数
週6日の時間割のうち、週4日、1時間目に算数が入っているのは特徴的といえる。国家の財政や支出を理解するのに、算術は必須項目であろう。
4.歴史、地理
国王として国の歴史や成り立ち、地理を知ることで、自身のあり方を見つめると同時に、今後の動きを予測することもでき、未来への見通しが立てられるようになる。
5.歌唱、絵画、音楽、ダンス、乗馬
国王は、ときに孤独だ。歌唱、絵画、音楽、ダンス、乗馬を習うことは、国王として身に付けるべき教養であると同時に、もう1つの目的があった。生涯にわたって、1人でもできる芸術活動や、運動をすることで心を安定させることができるのである。また、乗馬のように動物と触れ合うことで、精神と運動の融合も身に付けることができた。
6.年長者の王妃、侯爵と接する。
下士官としての軍務や、ガールスカウトなどで一般市民と触れ合うだけではなく、先達の話を聞く機会も増やした。すでに先を進む年長者の王侯貴族と、定期的に社会的な話題について話すことにより、多様な意見を聞き、考える機会が増えたのである。
エリザベス女王が学んだ帝王学では、一人の英国人少女としての生活を体験させる一方で、国家君主として必須である法律や地理、歴史、算数といった学問、音楽や美術のような教養を学ばせた。まさに全人格的教育である。エリザベス女王は、学校には通わなかったが名門校イートン校の教授研究室へ通って法律、憲政史の教えを受けた。
エリザベス女王は、息子や孫にどんな教育を与えたか?
最強の帝王学を身に付けたともいえるエリザベス女王だが、息子や孫たちにはどのような帝王学を身に付けさせたのだろうか?
まず、エリザベス女王の長男であるチャールズ皇太子に関していうと、父であるフィリップ殿下の影響力が強かったようである。「息子にも自身の母校に通わせたい」というフィリップ殿下の考えで、チャールズ皇太子は、バークシャーにあるグラマースクールや、スコットランドにあるゴードンストウン校で学んだ。バークシャーは、エリザベス女王が週末を過ごすウィンザー城があることでも有名だ。チャールズ皇太子は、あえて中産階級の生徒と学ぶことを選択したために、階級社会の英国において、いじめの対象となったこともあった。その後ケンブリッジ大学への進学を経て、ウェールズ大学に入学し、海軍、空軍の軍務に就いている。
孫であるウィリアム王子は、ロンドン西部にある保育所や幼稚園に通い、小学校はバークシャーにあるルドグローブ小学校に通った。ルドグローブ小学校は全寮制の名門校だ。その後、「ザ・ナイン」と言われる名門パブリックスクールであるイートン校に入学。イートン校も全寮制であり、各界の著名人、上流階級の子弟が学ぶ。その後、ウィリアム王子は、セント・アンドリュース大学に進学、後に結婚するキャサリン妃と出会っている。大学卒業後、2006年にはサンドハースト王立陸軍士官学校に入学し、同校を卒業後は、陸軍少尉に任官。その後、08年には海軍兵学校および空軍士官学校でも教育を受け、海軍中尉、陸軍中尉の階級も保有している。
ウィリアム王子と、ヘンリー王子が学んだイートン校。英国パブリックスクールの中でも、とくに人気が高い学校だ
ヘンリー王子も、兄と同じく幼い頃はロンドン西部にある保育所や幼稚園に通い、小学校を卒業後イートン校で学んだ。卒業後はオーストラリアの牧場で勤務したり、レソトの孤児院で奉仕活動に従事するなど、市井の人々の生活を学ぶ機会を得た。05年にはサンドハースト王立陸軍士官学校に入学し、その後英国陸軍に入隊、近衛騎兵連隊に勤務した。ヘンリー王子にとって、英国陸軍への思いが強くあったことは、よく知られていることである。
チャールズ皇太子、ウィリアム王子、ヘンリー王子は、それぞれ既存の教育を受けてきており、エリザベス女王のように、宮廷家庭教師が人格形成を一任され、退任後も宮殿の一部に住み続けるような帝王学は受けていない。しかし、エリザベス女王が身に付けてきた、一般国民の生活に入ることで市井の人の暮らしぶりを知ることや、軍務に就くことで、軍務の側面から国を知るなど、国民に寄り添いながら帝王学を身に付けてきたことがわかる。
ちなみに、ウィリアム王子、ヘンリー王子が入学したサンドハースト王立陸軍士官学校は王立軍事大学の流れをくみ、スペイン、ギリシャ、カタール、ヨルダン、リヒテンシュタイン、ブルネイ、ボツワナなどの各国の王族や貴族が子弟を送り込むことでも有名な名門の軍事学校だ。
(右)サンドハースト王立陸軍士官学校の前身である王立軍事大学、乗馬学校(左)現在のサンドハースト王立陸軍士官学校の様子
王族が帝王学の一つとして取り組むのが、この「軍務」である。士官学校では、仲間と寝食を共にし訓練を受けることで、帰国後、王として軍務を把握しやすくなるのだ。さらに士官学校での結び付きが「トップ外交」の一つとして、欧州や中東の王族、貴族に重要視されていることも見逃せない。
普通の子どもが、帝王学を学ぶことには意味がある
帝王学には、教養をはじめ、市井を知るための努力、また上に立つ者として民を統率するカリスマ性が必要となる。そして日本でもまた、英国と同じように帝王学がある。象徴天皇制ではあるが、神事をはじめ継承すべき国事行為や、公務があるからだ。同様に、ほかの国でも、帝王学と呼ばれるものはある。
場所により内容は違えど、その土台にあるのは、現場に出向き、現実に生きる人々と触れ合い、その考えや生き方を十分に知る努力をしたうえで、俯瞰した立場に立つことの重要性だ。さらに俯瞰した立場で人々を率いるには、カリスマ性に加えて、強い自立心、多方面にわたる十分な知識と教養も必要である。歴史に学びながら次を予測する力も必要だ。また上に立つ者として、統制する相手とは一方的な関係性ではなく、互いに信頼し信頼されるという関係も必要である。そのためには、弱者への視点を持つことはもちろんのこと、ノブレス・オブリージュの精神も必要だろう。
まさに帝王学を身に付けることは、究極のリーダーシップを発揮できる力を養うことと同義ともいえる。そう考えると、これは特別な立場に立つ人だけではなく、むしろ普通の子どもにも、身に付けてほしい力といえないだろうか。特別な人の限られた学問とするのではなく、興味のあるところから取り入れてみることをお勧めしたい。
(注記のない写真:iStock)
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