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Sunday, March 15, 2020

"普通の幸せ"は努力で手に入る、という偏見。崩壊家庭で育った私が思うこと - ニコニコニュース

 先日、Twitterで反響のあった、とある投稿を見て、苦虫を噛み潰したような顔をしてしまいました。

「普通の幸せな家庭は、努力によって作られたものだ」
「少し努力をすれば、誰でも普通の幸せな家庭は作れるはず」

 こうした内容をツイートしたのは、「毒親に育てられた過去を持つ」という人物。多くのフォロワーを抱えるその人の投稿は瞬く間に拡散され、リツイートは6000、「いいね」は4万を超えました。

「普通になれなかった」家庭は、果たして努力が足りなかったのでしょうか。

◆私の家族が崩壊してしまうま

 結論から言えば、これは間違った認識だと言わざるをえません。それどころか、このような「努力すれば普通レベルの幸せは手に入る」という考えは、機能不全家庭への差別や偏見を助長するものだと考えています。

 機能不全家族を作る要因は、金銭的困窮、ドメスティックバイオレンス家庭内暴力、過干渉などさまざまありますが、当然ながら、いずれも当事者が「家庭を壊してやろう」と意図して起きるものではありません。

 機能不全家庭に育った人は、結婚して自分の家庭を作るとき、新たな機能不全家族を誕生させやすい傾向にあります。彼らにとって「母親」「父親」のロールモデルは自分の両親しかおらず、いわゆる「普通」の、良好な親子関係を知らないためです。

 例えば私が育った家庭は、父がネグレクトで育児に参加せず、一人で子ども2人を育てねばならなかった母が、そのプレッシャーから過干渉に陥る、いわゆる典型的な機能不全家族でした。

 父や母はもともと優しい性格で、人並みに子どもを想う気持ちもあったのだろうと思いますが、正常に機能を果たしている「家庭」のあり方をそもそも知りませんでした。父も母も、子ども時代を機能不全家庭で過ごしたためです。

 父は両親に育てられず、母は借金苦の祖父に暴力を振るわれながら育ちました。2人は結婚したとき「今度は幸せな家庭を作りたい」と強く思ったと言いますが、いざ子どもをもうけて「親」になってみると、越えられないたくさんの壁が存在していたことに気が付きます。

◆機能不全家族はなぜ連鎖してしまうのか

 精神疾患を抱えていた母は子どもの泣き声に非常に敏感で、おまけに一人で子育てをしていたため、誰にも助けを求められず、日に日にストレスを抱え込んでいきました。殴られて育った母にとって、最も効果的で効率的なしつけは「痛み」や「恐怖」を与えることで、それ以外の方法は知りません。

 幼かった私がコップの水をこぼすと平手打ちが飛び、言われたことを間違えると「やいと(しつけのために火傷をさせる)するよ」と脅されることもありました。

 病状が悪化して判断能力が失われつつあった母は、私たち子どもを立派に育てることと、自分の精神状態の均衡を保つように「これが正しい育て方なのだ」と信じて疑っていないようでした。一方で父は、追い詰められている母を心配することもなく、育児に関わろうともしません。

 そんな環境で育ったせいか、私と兄はいつも強い不安を感じていて、小学校に上がった頃にはすでに、腹痛や吐き気など、心身のトラブルに悩まされていました。そのうち成長した兄は、私や母に日常的に暴力を振るうようになり、父はますます家庭から遠ざかっていき、私たち家族はとうとう修復不可能なまでに崩壊してしまったのです。

 私は、父や母が「努力をしなかった」とは思いません。機能不全家族は、本人の意思に関係なく、精神的・経済的な事情などによって連鎖してしまいやすいことを知っているためです。

◆「普通の家庭を作りたい」、でも作れない人たち

 貧困や機能不全家族の問題は、何世代も前の祖先から続いていることもあります。そうした家族には、問題から脱出するための経済資本・知的資本・文化資本を持つ親類が存在せず、もはや「個人の努力」では抜け出せない悪循環にはまってしまっているというわけです。

 機能不全家族に生まれ育った人たちは、外部の介入がないかぎり「普通の幸せな家庭」を作りたくても作れない人がほとんどです。

 わざわざ地獄を作って、自分の子どもを苦しめようとしているわけではありません。

「少し努力すれば普通の幸せな家庭は作れるはず」といった言葉や「“毒親”は努力をしてこなかった」などというレッテル貼りは、地獄の中で必死にもがいて、「普通の家庭を作りたい」と懸命に生きている人々を踏みつける行為です。

「普通の家庭を作りたいけれどうまくいかない人たち」に足りないものは努力ではなく、支援です。極限状態にある家庭は、閉鎖的で社会でも孤立しがちな傾向にあります。第三者の介入がないかぎり、適切な治療を受けることも、虐待を発見することもできません。

 彼らは、根性論ではどうにもならない複雑な問題を抱えているのです。

 何かに困窮している人たちを「努力している、していない」で切り分けることは、自己責任論につながる根源的な間違いではないでしょうか。

<文/吉川ばんび>

【吉川ばんび】
1991年生まれ。フリーライターコラムニスト。貧困や機能不全家族、ブラック企業社会問題などについて、自らの体験をもとに取材・執筆。文春オンライン、東洋経済オンラインなどで連載中 twitter:@bambi_yoshikawa

画像はイメージです(以下同)

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March 15, 2020 at 01:57PM
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