局面を変えるパスも影を潜める
「やっていて楽しくないし、下手になっているとばかり思っていました。プレーしていても自分ではないような感じだった。過去の自分と比べたりしてしまってすごく苦しかったですね。プレー面においてもメンタルに面においても、一番下まで、落ちるところまで落ちたなという感じでした」 確かに秋口から田中のプレーにキレが無くなっているのは感じ取っていた。もともとボール奪取や展開力に優れ、「止める、蹴る」の技術力が高く、チャレンジのパス以外ではミスの少ない選手だった。だが、どこかダイナミックさを欠き、シンプルなプレーにも判断が遅れる。ミスが続き、局面を変えるパスも影を潜めるようになった。考えれば考えるほど、どツボにハマっていったのである。 「本当に自分の中でうまくいかなすぎて、このままだと普通の選手で終わってしまうなと思っていましたね。自分のプレーに対して褒めてあげる要素が1つもなくて、自分が成長している感覚もなかった。ずっと『自分は何をしているんだろう』と悩んでいましたよ。言い方が悪くなってしまいますけど、『本当に早くシーズン終わってくれ、1回休んでリセットしたい』、そのくらいの気持ちでした。 楽しもうと思ってやっていても楽しめない。なぜなら楽しくないから。もちろん向上心がないわけではなくて、自分自身にしっかりベクトルを向けてやることはやっているんですけど、何かスッキリしない。家に帰って出た試合の自分のプレーを見返すんですけど、『なんだこれ』みたいな感じになってしまう。追い込み過ぎたのかもしれない。完全に自信が無くなっていたと思います」 田中は普段から「世界のトッププレイヤーに追いつくには全ての能力を上げないといけない」と口にしてきた。サッカー界で登り詰めるために何をしなければいけないかと、常に思考を巡らせるタイプである。ピッチ内では妥協を許さず、ピッチ外ではロッカールームで一番サッカーの話をしている。周りの選手からそんな声もよく聞いた。 「楽しくない」「下手になっている」「普通の選手で終わってしまう」という言葉には、正直、驚きを隠せなかった。ただ一方で、チームの中心となりながらも悩む田中自身が、この壁を乗り越えた時、どんな選手になるのかと尚更、興味が湧いた。 だから、ひと通り話し終えたあと、ひとつの提案をした。「この話は笑って振り返られる時まで取っておかないか」と。 もちろん、これまでも田中が悩んでいたことを文字に残したことはある。でも、どこまで深く落ち込んでいたかは表に出さなかった。ここからどうにかして這い上がろうとしている。そんな姿を見て触れるのは今ではないと感じていたからこそ、つらい時期から抜け出した時に「どうやって乗り越えたのか」を知りたかった。 田中は「そうしましょう」と二つ返事で了承した。 「(昨シーズンは)もちろん苦しかったけど、自分の中では今回のことをプラスに捉えて、これを乗り越えたら圧倒的に存在になれるだろうと言い聞かせています。楽しみですね。自分に期待する分、厳しいし、欲張りなところがある。それは自分でもわかっている。でも、そうなりたいし、そうありたい。より自分に期待してしまいます。それが田中碧なんで」 それから数カ月後、5年目のシーズンが始まると、Jリーグのピッチには異彩を放つ田中の姿があった。縦横無尽に走り回って中盤を制圧し、高い技術力を駆使して盤面を支配。シンプルなミスが減り、強気なプレーでチームを牽引した。無敗街道を突っ走るフロンターレおいて別格のプレーを見せる男に対し、誰もが今年はひと味違うと称賛の言葉を送った。 東京五輪では日本代表の中心として全試合に出場した。メダルという結果には届かなかったが、さまざまな経験を得ると同時に多くの刺激を受けた。何が足りないのか、何が必要なのかを知る上でも価値ある大会になったと田中は言う。 ただ、それ以上に練習中を含めて楽しそうにプレーしていることが印象的だった。これまではランニングをするにしても、ボール回しをするにしても、見知ったフロンターレの選手とばかりだったが、直前の合宿から周りとコミュニケーションをとる機会が格段に増加。オーバーエイジの選手と一緒に走ったり、最後までグラウンドに残ってGK陣と会話したり。プレー面で自信を取り戻したことで、ピッチ外でも笑顔が見られるようになった。 「悔しいのはもちろんありますけど、楽しかったですね。本当に素晴らしい選手と素晴らしいスタッフと素晴らしい環境でやれたので楽しかったなというのが、『悔しかった』の次に『楽しい』がくるくらいすごく濃い1カ月だったと思います」
からの記事と詳細 ( 「普通の選手で終わってしまう」J1最速優勝の中で“どん底”にいた田中碧…今だから話せる“サッカーが楽しくなかった理由”(Number Web) - Yahoo!ニュース )
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