法廷でコロッと意見を翻した被告人
質問に対して、被告人は、 「はい。あります」 と静かに答えた。松永さんは、さらに続けた。 「有罪判決が出たら控訴をしますか?」 すると、被告人は弱々しくこう答えた。 「わかりませんが、なるべくしないように思っています」 しかし、数十分後に被害者側の弁護人が被告人に対して同様の質問をすると、 「わかりません」 コロッと意見を翻した被告人。いまだに自分の過ちを認めようとしていない──。 2019年4月、東京・池袋で飯塚幸三被告(当時87)が運転する車が暴走。次々と人をはねて11人が死傷する大事故となった。その中にいたのが松永さんの妻・真菜さん(当時31)と娘・莉子ちゃん(同3)だった。 冒頭の言葉には、妻と娘の無念を少しでも晴らしたいという松永さんの切なる願いが詰まっている。 松永さんと真菜さんの出会いは、共通の知人からの紹介だった。真菜さんにひと目惚れした松永さん。沖縄に住んでいた真菜さんに猛アタックするも、断られてしまう。3回目のアタックでようやく真菜さんの快諾を得て、東京と沖縄の遠距離恋愛がスタートしたという。その後、順調に愛を育んで結婚したふたりに、長女の莉子ちゃんが誕生。 裁判のたびに沖縄から上京している真菜さんの父・上原義教さん(63)は、法廷でこんなことを話した。 「私には夢がありました。真菜と莉子にも夢がありました。その夢のすべてが奪われました。せめて、自分がやった過ちを認めてほしい」
自宅周辺では最近被告を見かけた人はおらず
公判後の記者会見で松永さんは、叶わなかった“家族の夢”を明らかにした。それは2人が事故で犠牲になっていなければ、松永さん一家は沖縄へ移住する予定だったということ。 「海の近くで、中古でいいから、小さくてもいいから、家を持って、3人で生きていきたい……」 松永さんは言葉を詰まらせ、あふれ出る涙を拭った。姉を白血病で亡くしていた真菜さんにとって、家族を沖縄に残していることが唯一の気がかりだったのだろう。そんな妻の意をくんだ、松永さん一家の移住計画は無残にも崩れ去った──。 一方、飯塚被告は逮捕されていないため一度も留置所に入ることなく、今も約20年前に購入した都内の自宅マンションから東京地裁に通う。 事故当時、飯塚被告が旧通産省工業技術院の元院長だったため“上級国民だから逮捕されないのでは”と、警察はバッシングを受けた。警視庁の言い分はこうだった。 「逃亡や証拠隠滅のおそれがなく、高齢などの理由から逮捕しなかった」 飯塚被告の最近の様子を聞き込むも、近所で見かけた人はいなかった。 「数年前までは彼も奥さんもよく来ていましたが、事故以降はまったく来なくなりましたね」(近所のクリーニング店店主) 事故当時は、飯塚被告のマンションにはマスコミが殺到した。 「記者以外にも怪しい人たちがたくさん来ていましたね。スーツ姿の3、4人の男性がマイクを持って“ふざけるな!”とか“罪を認めろ!”“ちゃんと謝れ!”と怒鳴っていたことも。加害者の家族もかわいそう。でも、ここ1、2か月はそんな人もいなくなりました」(近所の住民) だが、過失とはいえ2人を殺めてしまった人間が自宅で普通の生活を送っていることは、どうしても腑に落ちない。 公判はすでに8回を数え、次回の7月15日でやっと結審を迎える。交通事故の裁判は通常1、2回で終わるため、引き延ばしではないかという批判も出てきている。交通事故訴訟に詳しい高山俊吉弁護士に話を聞いた。 「罪を認めて情状酌量を求めるなら、裁判はすんなり終わります。だが無罪を主張すると、7、8回になるといったことはザラです。15回を超えるものまであります」 とはいえ“事故原因は車の電気系統の不具合にある”と過失をいっさい認めない飯塚被告の姿勢に、遺族は苦しめられている。
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