■話が噛み合わないのがシャブ中の特徴
シャブ中であるかっちゃんとはとにかく話が噛み合わない。こちらの質問の答えにたどり着くまでに、少し根気がいる。
「待ち合わせするところってどんな場所なんですか? 」
「待ち合わせ場所でシャブ売っているやつは立ちんぼと違って本腰入れてやっとる。まあ立ちんぼなんてやろうと思ったら兄ちゃんでもできる仕事や」
「シャブを受け取るところってどんなところですか? 」
「中にはオンドルのババアみたいに持ち歩いてるやつもおるけどな」
「青山さん、待ち合わせ場所はどこですか? 」
「場所はこれといって決まってるわけやないで。その辺のドヤの一室ってこともある。臨機応変や」
他にも「あの角の草むらに隠しておくので後でこっそり回収しておけ」というパターンもあるそうだが、かっちゃんは「今は大体室内がメインや」と言うので、かっちゃん自身は、現在はそういった方法で買っているということだろう。
「初めて青山さんがやったのはいつですか」
「しまいには死んでまうねん」
「青山さんが……」
「いっぱい見てきたで。シャブ打って人生終わってまう人」
「初めて打ったのは……」
「シャブ打つやつは根性あらへん。ホンマに根性あるやつはヤクザでもシャブなんてやらへんねん」
「初めて打ったのはいつだったんですか? 」
「俺は中学のときからやっとる」
「いま中学の時に戻っても、もう一回やりますか? 」
「やらへん。やらへんよ。シャブ売るより真面目に働いた方がよっぽど男らしいやん。思わんか? なんや、居場所なんてあったもんやない。みじめや。ホンマに根性ある人間はそんなことしいへん。分かるやろ? お前があんな白い粉で人生壊すような愚かな人間じゃないんは、兄ちゃん自分でも分かっとるやろ」
■ドポン中であるかっちゃんからの言葉
かっちゃんの言う通りだ。私の周りには「裏モノ系のライターなら覚せい剤くらい経験しておかないとダメだよ」と責任感のかけらもないことを言う人間が何人かいるが、おそらくその人たちは本当の怖さというものをまだ知らないのだろう。ここまで漬かってしまった自分は一生止めることなどできないと悟っているかっちゃんだからこそ、言える言葉がある。
「そやけど、兄ちゃんも若いから頑張れよ。俺はヤクザもやったし覚せい剤もやったし、色んな経験してきた。でもこれだけは言うとく。シャブやったらホンマ人間終わってまうで。兄ちゃんは日銭をつかんで、それをコツコツためて、その金を、頭を使って増やすんや。兄ちゃんは頭生かして、捕まらんようにうまいこと金もうけせえ。こんなな、S建設にいるようなやつらになったらあかんでホンマ。もちろん俺も含めての話やで。これだけは言うとく、覚せい剤だけは手出したらあかんで。ドポン中(シャブ中のこと)の本人が言っとるんや。間違いないやろ? 」
かっちゃんは覚せい剤の影響か、予定の確認の電話を死ぬほどかけてくる。予定の日が来るまで毎日のように電話をかけてきたが、ある日を境にパタリと連絡が途絶えた。何度もかっちゃんに電話をするも繋がらない。飯場からも突然いなくなったらしい。坂本さんいわく、「10回目のお勤めに行ったんやろ」とのことだ。口を開けば覚せい剤の話しかしないかっちゃんであったが、今では「あいつもドポン中や! 」というかっちゃんの口癖が懐かしく思える。
「覚せい剤やめますか? それとも人間やめますか? 」
覚せい剤を表す際によく聞くキャッチコピーであるが、かっちゃんは少なくとも私の前ではひとりの人間であった。人間をやめてなどいなかった。しかし、かっちゃんは覚せい剤に人生を奪われた。かっちゃんからの言葉を胸に、私は覚せい剤に手を出すことなく西成を後にした。そして今後も手を出すことはないと、もう二度と会うことはないであろうかっちゃんに誓う。
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國友 公司(くにとも・こうじ)
ライター
1992年生まれ。筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動を始める。キナ臭いアルバイトと東南アジアでの沈没に時間を費やし7年間かけて大学を卒業。編集者を志すも就職活動をわずか3社で放り投げ、そのままフリーライターに。元ヤクザ、覚せい剤中毒者、殺人犯、生活保護受給者など、訳アリな人々との現地での交流を綴った著書『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)が、2018年の単行本刊行以来、文庫版も合わせて5万部を超えるロングセラーとなっている。
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