1月21日から公開される『シルクロード.com ―史上最大の闇サイト―』は、「世界を変えたい」と不遜な大望をいだいた青年の物語だ。
しかし、結論から言うと、彼は世界を変えるつもりが、世界に変えられてしまった。怪物と対峙する者が自ら怪物になってしまうように。
本作は、2011年にダークウェブに立ち上げられたサイト「シルクロード」を巡る物語だ。このサイトは、暗号通信ツールを使わなければアクセスできず、違法ドラッグが安全かつ自由に売買可能で、「闇のアマゾン」や「ドラッグのイーベイ」などと呼ばれ、瞬く間に成長。1日の売上が1億円を超えることもあったという。しかし、わずか18カ月で閉鎖に追い込まれ、創業者のロス・ウルブリヒトは逮捕されることになった。
この映画は、実際に起きた事件の詳細を元に、創作を交えて物語を構築し、一人の若者の転落を通してインターネットの自由のあり方を問うている。
「倫理的」に運営されていた闇サイト
リバタリアニズムに傾倒する青年ロスは、世界を変えたい、より自由な世界を実現したいと考えていた。彼が思いついたのは、表のネットでは扱われることのない違法ドラッグを売買できる闇サイトの構築。「シルクロード」と名づけられたそのサイトは、そのサイトにたどり着けさえすれば、だれもが出店可能なシステムで、大量の違法ドラッグが取引されるようになった。有名ウェブサイトで紹介され、瞬く間に成長した同サイトだが、FBIに目を付けられるも、接続経路を匿名化できるツールTorと取引履歴が個人情報と結びつかない暗号資産ビットコインを用いることにより、捜査当局の追跡を困難にしていた。
そんな最新のサイバー犯罪に挑むのは、パソコンの知識もほとんどないベテラン麻薬捜査官のリック。ネット犯罪のエキスパートたちに疎まれながらも独自の捜査でロスを追い詰めていく。IT犯罪者とオールドスクールな捜査官の対立を軸に、物語はスリリングに展開していく。
本作は、ロスという青年を単なる悪党として描かない。純朴で自分の理想に純粋すぎるナイーブな青年として見せている。
「世界を変えたい」と彼は言う。今の世の中はまだまだ不自由で、政府の規制が人々の心を縛っていると考えている。ロスは、個人が他者に損害を加えないのであれば個人が危険なドラッグを使うことは許容されるべきと考えている。彼は、その思想を体現するかのようなサイトを作り上げたのだ。
「シルクロード」は確かに違法なドラッグを扱っているが、一定の倫理観を持って運営されていたことも事実だ。ダークウェブでは麻薬の他、銃火器や児童ポルノなどもよく取引されるが、ロスは「シルクロード」で銃火器や児童ポルノなどの取引を禁止していた。それらは、他者に損害を与えるものだからだ。
しかし、彼は自らに捜査の手が及びそうになると、その思想を自ら裏切るようになる。このミイラ取りがミイラになるような展開が本作の持ち味で、ナイーブな青年の等身大の脆さが表れている。
ダークウェブと国家の監視
本作の舞台となるのは、ダークウェブと呼ばれるネット空間だ。普段、私たちがGoogleなどで検索してたどり着けるウェブサイトは「サーフェス(表層)ウェブ」と呼ばれる。そして検索エンジンからたどり着けないサイトを「ディープウェブ」と呼び、その中でも特定のツールを用いなければアクセスできないウェブが「ダークウェブ」だ。
ディープウェブには、Gmailや会員サイトでログインしないと表示できないマイページも含まれる。サーフェスウェブとディープウェブの関係は氷山に例えられることが多い。私たちが普段アクセスしているサーフェスウェブは、水上に見えている氷山の一角にすぎず、ネットの大部分は実は、ディープウェブなのだとも言われる。人々が日常的に触れているインターネットの世界は、実は全体のほんの一部にすぎない。
ダークウェブは、本作で描かれたように違法な犯罪や取引に用いられることで知られている。しかし、ダークウェブを生み出すTorのような匿名通信ツールは元々、言論の自由やプライバシーの保護の目的で開発されたもので、実際に、独裁政権に命を狙われるジャーナリストなども国家の監視の目を逃れるために用いている。
ロスが傾倒していたリバタリアニズムは、国家の介入に対して、個人の不可侵の自由を求めていく政治思想だ。ダークウェブの存在は彼の思想を最もよく体現したものであると言える。実際に国家がインターネット空間で多くの人間を監視していることを、エドワード・スノーデンが暴露したこともあったが、実際、表のウェブでの活動は必ず何らかの形で足跡がつくものだ。インターネットは権力にとって、大変都合が良い監視ツールなのである。
その意味では、ロスほど極端に自由を欲しなかったとしても、インターネットによって、私達の活動は常に監視され、知らないうちに行動を締め付けられているかもしれない。「シルクロード」事件は、そんな時代の流れに対するカウンターとも言える。ロスの「世界を変えたい」という言葉には、そのような時代背景があることも確かだ。
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