矢吹透
幸福な家族はみな似通っているが、不幸な家族の不幸のかたちはそれぞれである、というのは、トルストイの「アンナ・カレーニナ」の書き出しの文章です。
最近、ぼくのお悩み相談コーナーへの応募が、少しずつ増えてまいりました。
さまざまな方からさまざまなかたちのお悩みが寄せられています。
出来るかぎりひとつでも多くのご相談にお答えして行きたいと思っておりますので、このお悩み相談の不定期連載を、今回から少し小刻みに更新して行く予定です。
毎回書いておりますが、ぼくには、素晴らしい回答や明快な解決の道を提示することは、きっとできません。
ぼくにできるのは、あなたと一緒に悩むことです。
それでは、今回のご相談です。* * *
はじめまして。
矢吹さんと同じ55歳、セクシャリティはゲイです。漠然とした悩みがいくつかあります まず自分がゲイであること。自分を責める気持ちと、母親を恨む気持ちが半々という感じです(母親と2人暮らしですが普通にうまくやっています)。
次は人を好きになれないこと。「自分を好きになれない人は他人を好きになれない」というのを聞いたことがありますが、それに自分は当てはまるのだと思っています。
もう一つは将来(老後)のこと。家は田舎の旧家で、畑や山があり代々の墓もあります。つまり自分の代で家は途絶えてしまうということなんです。こんな話を矢吹さんに直接聞いてもらえたらなあと思っています。もし今度生まれ変わることができるなら、友達がたくさんいるノンケに生まれて、子供と奥さんがいる普通の家庭を築きたいです。
(介護職 55歳 男性)* * *
頂いた文章の冒頭に、ゲイである自分を責め、お母様を恨む、とありました。
自分を責める感覚というのは、ぼくにもわからないではないのですが、お母様を恨むという部分について、ぼくには今ひとつよくわからないところがあります。
同性愛者が生まれる原因について、母体が妊娠中にストレスに晒されると、胎児への性ホルモンの供給に乱れが生じ、胎児の性分化に影響を及ぼすのではないか、という説がありますが、そういった種類の恨みなのでしょうか。
あるいは、お母様のあなたの育て方に、何らかの問題があったとあなたが感じていらっしゃるとか、そういった何かでしょうか。
この冒頭のお悩みについて、ざっくりと言ってしまえば、自分を責めても、お母様を恨んでも、こればっかりはしょうがないことなので、責めることも恨むことも諦めましょう、という結論に至るのではないかと思います。
おそらく、55歳になるというあなたには、そのことについては重々わかっていらっしゃる。それでも、折々にふと湧き上がる、自責や怨嗟に似た感情があるのでしょう。
ふと考えてみると、ぼくは、自分が現在、ゲイであることにあまり悩んでいないということに気づきます。
ぼくがゲイであることを明らかにして、比較的自由に生きることが出来ているせいかもしれません。
周囲には同じゲイの友人や知人がたくさんおりますし、ストレートの方たちも、ぼくがゲイであることを受け入れてくれている人が多く、セクシュアリティについて嘘や隠し事があまり必要ではない、という恵まれた状況があるせいかもしれません。
以前、とある友人に言われたことがあります。
透ちゃんには、地方に生まれ、暮らしているゲイの人たちの気持ちはきっとわからない、と。
地域の人が親類縁者を先の代から皆、知っているような場所で生まれ育ち、就職先も地元に選んだ人が、ゲイであることを公にするということが、いかに困難なことであるか、ぼくにもなんとなくではありますが、想像することが出来ます。
自分がゲイである、とカムアウトすることによって、家族や親戚全体がそれを背負っていく結果が待っている。暮らしている場所にも、職場にも、都会と比べると、古風で保守的な考えの人が多いかもしれない。そういった人たちは、多様なセクシュアリティへの許容度が低いかもしれない。あなたがゲイであると明らかにすることによって、親類の誰かの縁談が反故にされたりするようなことがあるかもしれない。
そんな世界の中で自らを隠し、偽り、生きて行かなければならないとしたら、自責や怨嗟の気持ちを折々に抱くというのも当然のことでしょう。
サンフランシスコにカストロ・ストリートという通りがあり、この通りを中心としてゲイの人たちが多く暮らすエリアが広がっているのをご存知でしょうか。
「GO WEST」という歌があります。元々、ヴィレッジ・ピープルが歌い、その後にペット・ショップ・ボーイズがカバーして、更に有名になった曲です。
西へ行こう、というこの歌の歌詞は、アメリカのゲイたちが、聖地であるサンフランシスコを目指そう、と歌う内容であったと言われています。
なぜ、サンフランシスコはゲイの聖地となったのでしょうか。
第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争と続く、アメリカの関与した戦争で、全米の若者が徴兵されました。
徴兵された若者たちには、徴兵検査が課せられました。
まず地元で、一次審査を受け、合格した若者たちは、最終的に、サンフランシスコに集められたと言います。
第二次大戦も、朝鮮戦争も、ベトナム戦争も、太平洋を舞台に繰り広げられました。
アメリカの軍艦や空母が、太平洋に船出するのは、サンフランシスコの軍港からでした。
ちなみに、当時のアメリカの軍律では、同性愛者は、軍役に携わることが認められていませんでした。
同性愛者であると判明すると、徴兵検査に不合格となったのです。
全米から集められた若者は、サンフランシスコで徴兵の最終審査を受け、ここで同性愛者であることが判明した者は、不合格となります。
同性愛者であるという理由で不合格になった若者たちは、もう故郷に帰ることは出来なかった、と言います。
先ほどの、地方のゲイが生きる状況、について考えれば、よくわかりますね。
徴兵を受け、お国のために立派に戦って来いと送り出された若者が、なぜか故郷に舞い戻って来る。
徴兵検査に落ちたらしい。しかし、健康に問題があるようには見えない。
ゲイである、という理由で不合格となった若者たちは、その汚名を背負って、故郷に戻ることなど出来なかったのです。
そうして、故郷と家族を失ったゲイの若者たちが、気候の温暖なサンフランシスコの地に留まり、やがてコミュニティを作って行ったのだと言われています。
洋の東西を問わず、ことほどさように、ゲイが地元で暮らすというのは困難なことなのです。ゲイは都会でしか生きて行くことは出来ないのだ、ときっぱりと言う人も僕の周りに数多くいます。
ご相談者のあなたは、そんな大変な状況の中で今、生きている。これまで、生きて来られた。
さぞや、苦しいことやつらいこと、悲しいことが、たくさんあったのではないかと思います。
自分を好きになれず、人を好きになれないということや、将来についての不安について、書いていらっしゃいますが、自らを偽って生きなければならない状況の中で、自己嫌悪や他人への不信に陥りがちとなることは想像に難くありません。家や山や畑を守るというのも、大きなプレッシャーでしょう。
かと言って、55歳になられる今、いきなり故郷を捨て、都会へ出て、残りの人生を暮らすというような選択は、あなたにとって、とても大きなジャンプが必要でしょう。
人生を急激に変えてしまうような大きな選択を、ぼくは基本的に、あまりお勧めしません。
加えて、おそらくあなたは既に、与えられた状況の中でなんとなくうまくやって行く術を今までの人生の中で、身に付けられて来ているのではないかと思います。
あなたは、ご自分の悩みを「漠然とした悩み」と表現なさっています。多分、あなたが今、抱えているのは、火急で切実な悩みではない。
とりあえず、毎日をなんとかやってはいるが、そんな中でも、頭や心に浮かぶモヤモヤ、心の引っかかり。そんな種類のお悩みを抱え、惑っていらっしゃるという印象を受けます。
あなたはちょっと寂しいのかもしれない、とも思いました。
生まれ変われるとしたら、友達がたくさんいるノンケに生まれ、子供と奥さんと普通の家庭を持ちたい、というあなたの願いから、ぼくはそんなふうに感じました。
まあ、しかし、あなたのこの願いというのは、現実的に考えてみると、そうしたものを手に入れたからと言って、あなたの人生が必ずしも素晴らしいものに変わるとも限らない。
ノンケに生まれたとしても、友達の少ない人もいるでしょうし、理想的な結婚相手や子宝に恵まれるという保証もない。
友達や結婚相手や子供を持つことが出来ないという、あなたと同じ悩みを抱えているノンケの人たちが、この世の中にはごまんといるのではないか、とぼくは思います。
そういう意味では、ノンケだろうと、ゲイだろうと、人生はままならず、悩みは必ずついて来る、と言えるような気がします。
きっと、あなたには、そんなことも、既によくわかっているでしょう。
ただ少しだけ、胸の奥にある思いを言葉に表してみたかったのかな、と思います。
うーん、ぼくがあなたにして差し上げられることは何だろうか、と考えます。
頂いた文章の中にある「話を直接に聞いてもらえたら」というのが答えなのだと思いますが、現実としてはなかなか難しく、こういったかたちであなたに文章で語りかけることが、今のぼくに出来るせいぜいです。
あなたが心を許し、話せるような存在が、あなたの身近に見つかるといいのですが。
ゲイの自助グループ、ボランティア組織などにコンタクトを取ってみる、というのも、心を開くことの出来る誰かを探す方法のひとつとなるかもしれません。
あなたの人生が、今より以上、のっぴきならない状況に陥ったり、あなたが更なる苦しみに直面するようなことがあったら、また是非ご相談ください。
あなたのお悩みを、再び、あなたと共に考えてみたいと思います。* * *
ぼくに共振して欲しいという方は、こちらのgoogleフォームからご応募ください。
LGBTQ+の悩み、青少年の悩み、仕事やキャリアの悩み、恋愛やセックスの悩み、パートナーや夫婦の悩みなど、あなたのどんなお悩みにも、共振いたします。
■矢吹透
東京生まれ。\n慶應義塾大学在学中に第47回小説現代新人賞(講談社主催)を受賞。\n大学を卒業後、テレビ局に勤務するが、早期退職制度に応募し、退社。\n第二の人生を模索する日々。\n
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May 10, 2020 at 04:00AM
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